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法的観点からみるパワハラのリスク管理[3]

第 3 回 部下に対する指導方法が問題になった裁判例2 2010年5月11日

 前回同様、口頭(正確にはメール)での注意が不法行為に該当するとして、慰謝料の請求がされた事案を紹介します。この事案は、1審では不法行為の成立が否定されたのですが2審では成立が認められています。このようなことからこの事例は、不法行為が成立するか否かの限界事例と言えるかもしれません。


1 口頭で注意したところ、不法行為に該当するとして慰謝料の請求がされた事案

 (2) 平成17年4月20日東京高等裁判所【A保険会社上司(損害賠償請求)事件】
  ① 事案の概要
 Xは、損保会社に総合職として入社し(高裁判決当時、勤続約30年)、サービスセンターにおける3つのユニットの1つ(構成メンバーは十数名)に所属していた。ユニット内では3番目の席次でエリア総合職の課長代理として勤務していた(Xの上席には「ユニットリーダー」「総合職の課長代理」がいる)。Xの年収は980万円であった。
 Y1はXが所属しているサービスセンターの所長で、Xの第一次人事考課査定者であった。Y2は、Xが所属するユニットの「ユニットリーダー」であった。
 Xが所属するユニットは保険の支払事務を担当しているところだった。支払事務には難易度の高い賠償保険業務と難易度の低い傷害保険業務とがあり、Xは難易度の低い傷害保険業務だけを担当していたが、かねてより処理状況は芳しくなかった。
 そこで、Y2が、Xを含むユニット所属従業員全員と上司のY1に対し、「Xもっと出力を」と題し、「現在、DOキャリーアウト(センターで実施されていた未払保険事故件数の削減を目的とする取組)の真っ最中ですが、Xは全くの出力不足です。1週間前の時点で支払合計件数1件で叱咤激励しましたが、本日現在、搭乗0件、人傷0件と、課長代理として全く出力不足と言わざるを得ません。ペンディングも増える一方です。本日中に全件洗い替えをし私へ報告すること。」と記載したメールを送信した。
 Y1は上記メールをみて、Xに業務への熱意が感じられず、エリア総合職の課長代理という立場であるにも拘わらず実績を上げないことが他の従業員の不満の原因になっていると考え、Xへの指導を行うと共に、Y2のメールの内容を支持することを表明する必要があると考え、次の内容のメールを同日、XやY2を含むXと同じユニット所属従業員に送信した。
   
 
  表題 :  「Y2さんのメール『Xもっと出力を』について返信します」
内容  (赤字で大きなポイントで記載されている)
      「1、意欲がない、やる気がないなら、会社を辞めるべきだと思います。当センターにとっても損失そのものです。あなたの給料で、業務職が何人雇えると思いますか。あなたの仕事なら、業務職でも数倍の業績を挙げますよ。本日現在、搭傷10件処理。Cさん(途中入社、2年目)は17件。業務審査といい、これ以上、当センターに迷惑を掛けないでください。」
「2、未だに始末書と「○○病院」出向の報告がありませんが、業務命令を無視したり、業務時間中に勝手に業務から離れるとどういうことになるか承知していますね。」
「3、本日、半休を取ることを何故ユニット全員に事前に伝えないのですか。必ず伝えるように言ったはずです。我々の仕事はチームで回っているんですよ。」
     
     Xは、Y1が送信したメール(上記)は、Xがあたかも無能で会社に必要のな い人間であるかのようにいうものであり、メールは転送が容易だからXの名誉を公然と毀損するものである。また、メールは上司が部下を指導したり叱咤激励するというものではなく部下の人格を傷つけるもので、Xの名誉感情を害するいわゆるパワーハラスメントとして違法であるとして、100万円の慰謝料を請求した(法律構成は不法行為)。
     
  ② 不法行為の成否
    1審(平成16年12月1日東京地方裁判所判決)

名誉毀損について
 名誉毀損とは、具体的事実を摘示して人の社会的評価を客観的に低下させることをその本体としている。このメールの内容はXの業務遂行状態に対する上司としての評価であり、メールが送信された相手もXと同じユニット構成員なので、Xの業務遂行状態は認識していたのであり、Xの社会的評価を客観的に低下させる具体的事実を摘示しているとは言えない。
 「Xが無能で会社に必要のない人間である」という表現を仮にとっていたとしても、職場内において名誉毀損としての要件を充足しているとはいえない。
     
  パワハラについて
    本件メールは、Xの私的な生活に干渉するものでなく、業務の遂行状態についての評価を内容とする。従って、業務上の指導の範囲を逸脱したか否かの検討が必要。
    メールの表現は、「意欲がない、やる気がないなら、会社を辞めるべきだと思います」と相当に過激である。しかも、口頭ではなくメールの場合はニュアンスが介在しないので、直接的な伝わり方をする。ただ、Y1はXの業務実績が上がらない原因を熱意の問題と見てこの表現をとったのであり、よって、退職勧奨ではなく一時的な叱責の範囲と理解できる。
    ただ、叱責としても相当強度のものであり、これを受ける者としてはXに限らず相当のストレスを感じることは間違いない。しかし、この表現だけから直ちに業務指導の範囲を逸脱した違法とするのは無理がある。
    メールに至った経緯(平成10年以降、Xの評価は下降していた。Y2が1週間前に行った指導の成果が顕れないことから、Y2がメールを送り、同日、Y1がメールを送った)に照らせば、Y1が組織の責任者として課長代理にあるXに対し、その業務成績の低下防止のため奮起を促す目的でメールを送信したと考えられる。また、メールがX以外のユニット所属の全従業員に送信されている点については業務指導を行う上司の裁量の範囲内であり、Xに対する人格の侵害になるとまで断ずることは出来ない。
    Y1のメールは、業務指導の一環として行われたもので、内容もXの業務に関するものにとどまっており、メールの表現が強いものとなっているもののいまだXの人格権を傷つけるものとまで認めることは出来ない。
       
    2審(平成17年4月20日東京高等裁判所)

名誉毀損について
    Y1がメールを送ったのは、Xに対しその地位に見合った処理件数に達するよう叱咤督促する趣旨であることが伺えないわけではなく、その目的は是認出来る。
    しかし、メール中には「やる気がないなら、会社を辞めるべきだと思います。当センターにとっても会社にとっても損失そのものです」という退職勧告とも会社にとって不必要な人間とも受け取られるおそれのある表現が盛り込まれており、これがXのみならずユニット全員に送信されている。
    メールの表現は、「あなたの給料で業務職が何人雇えると思いますか。あなたの仕事なら業務職でも数倍の実績を挙げますよ。これ以上、センターに迷惑をかけないで下さい」という、それ自体は正鵠を得ている面がないではないにしても人の気持ちを逆撫でする侮辱的言辞と受け取られても仕方のない記載などの他の部分ともあいまって、Xの名誉感情をいたずらに毀損するものであることは明らかである。
    送信目的が正当であったとしてもその表現において許容限度を超え、著しく相当性を欠くものであって、控訴人に対する不法行為を構成する。
     
    パワハラについて
     Y2の送信したメールがその表現方法において不適切であり、Xの名誉を毀損するものであったとしても、その目的はXの地位に見合った処理件数に到達するよう叱咤督促する趣旨であることがうかがえ、その目的は是認することができるのであって、Y1にパワーハラスメントの意図があったとまでは認められない。
       
  ③ 損害額
  メール送信の目的、表現方法、送信範囲等を総合すると、Xの精神的苦痛を慰謝するための金額としては5万円が相当。
     
  ④ コメント
  原告が、名誉毀損、パワハラと分けて請求したために、1審・2審共にそれぞれについて判断する形になっていますが、要は、Y1のメール送信行為をXの人格権(具体的には、名誉感情)を侵害する不法行為と言えるか否かが争点の事案と言えると思います。
 そして、不法行為成否の基準としては、前回紹介した平成21年5月22日広島高等裁判所松江支部判決と同様に目的(メールの送信目的)と行為態様(メールの内容、送信範囲)について検討を加えています。
 まず、送信目的については、1審2審いずれも、叱咤激励の目的で正当と判断しました。次に、メールの内容については、1審2審いずれも、相当強烈な内容であること自体は認めています。ただ、1審は、一時的な叱責の範囲とした上でメールを送信するに至るまでの経緯を斟酌した上で、業務成績の低下防止のため奮起を促す目的でメールを送信したと考えられるとして、業務指導の範囲内と判断しました。また、X以外のユニット職員全員に送信した点についても、上司の裁量の範囲内と判断しました。
 他方で、2審は、人の気持ちを逆撫でする侮辱的言辞と受け取られても仕方のない記載などの他の部分ともあいまって、Xの名誉感情をいたずらに毀損するものであるとして、目的が正当であっても表現において許容限度を超えていると判断しました。なお、ユニット職員全員に送信した点については、不法行為が成立する理由としてではなく、慰謝料額を判断する際の事情として触れられています。
 つまり、1審は目的が正当であればこの程度のメールの内容であってもなお業務指導の範囲内だという価値観に立つのに対し、2審は、かかる内容であれば、いかに目的が正当であっても正当視することは出来ないという価値観に立っているものと言えます。
      以 上

執筆者

富小路法律事務所 弁護士 中尾 貴則
同志社大学法学部卒業後、翌年、司法試験合格。大阪弁護士会に登録。法人企業(大企業、中小企業)に対する企業間の取引や、消費者からのクレームにまつわるトラブル、従業員とのトラブルについての相談、契約書作成・確認などの業務を行う。
2007年、富小路法律事務所設立。現在に至る。 2008年に「メンタルヘルスの法律実務入門セミナー」、「メンタルヘルスの法律実務入門セミナー」をメンタルグロウと共催。著作としては、労働審判法(共著)、知的財産契約の理論と実務(共著)。

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