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メンタル不全者に対する使用者の措置に関する法律実務[4]

 第 4 回 メンタル不全に関わる労災認定基準 2011年2月1日

 前回、労災認定がなされないように労務管理をすることが重要であると述べました。そこで、今回は、メンタル不全に関連する労災認定基準について説明します。

 心理的に過度の負担を与える事象を伴う業務による精神及び行動の障害又はこれに付随する疾病
   労災補償が行われる「業務上の疾病」の範囲は、労働基準法施行規則別表第1の2に規定されています(労基法75条・84条、労基法施行規則35条)。
 建物建築中に足場から落下して怪我をした場合などは同表一の「業務上の負傷に起因する疾病」に、冷凍室内で冷凍食品の搬出などの業務に従事中に凍傷に罹患した場合などは同表二10の「寒冷な場所における業務又は低温物体を取り扱う業務による凍傷」に該当することになります。
     
   メンタル不全との関係では九の「人の生命にかかわる事故への遭遇その他心理的に過度の負担を与える事象を伴う業務による精神及び行動の障害又はこれに付随する疾病」への該当性が問題となります。
   
 心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針
   メンタル不全に関する労災申請があった場合、労働基準監督署が前記「心理的に過度の負担を与える事象を伴う業務による精神の障害」などに該当するか否かを判断します。その際、全国各地の労基署で判断基準にばらつきが生じることを防ぐためと迅速な判断を確保する観点から、国は具体的な判断基準を作成しています。
 それが、「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」(基発第544号・基発第0406001号 以下、「指針」といいます)及びかかる「指針の運用に際しての留意点等について」(事務連絡第9号・基労補発第0406001号 以下「運用留意点」といいます)です。
   
 判断基準の概括的内容
   指針や運用留意点の内容を概説し、その後、労災認定を防ぐための労務管理にとって重要なポイントと思われる点を説明したいと思います。
   精神障害の発症
 労災認定がなされるためには、統合失調症や気分障害、神経症性障害など、国際疾病分類第10回修正(ICD-10)第Ⅴ章「精神および行動の障害」に分類される精神障害を発症している必要があります。
 そこで、まず当該従業員に発症した疾患名と発症時期を判断します。
     
   発症前6ヶ月の間に客観的に精神障害を発症させるおそれのある業務による強い心理的負荷
    (1)  業務に関連して発生した出来事の内容を確認します。この場合、発症から遡れば遡るほど心理的負荷を与える可能性のある出来事と発症との関連が薄くなることや、ICD-10の診断ガイドラインに「心的外傷後、発症するまでの潜伏期間に関して6ヶ月を越えることはまれである」旨記載されていることなどから、発症前6ヶ月以内の間の出来事に限ります。
    (2)  (1)で認められた出来事が与える心理的負荷の強度については、当該従業員がどのように感じたのかではなく、多くの人々が一般的にはどのように感じたのかという基準で判断していく必要があります。
 指針は、「職場における心理的負荷表(以下、「心理的負荷表」といいます)」において、職場においてよく起こる出来事とそれらの出来事が一般的に与える平均的な心理的負荷の強さを、3段階(Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ)に分けて記載しています。
 ここで、「Ⅰ」は、「日常的に経験する心理的負荷で一般的に問題とならない程度」のものを指します。「Ⅲ」は、「人生の中でまれに経験することもある強い負荷」を指します。「Ⅱ」は「ⅠとⅢの中間的な負荷」を指します。
 (1)で認められた出来事と上記心理的負荷表を照らし合わせる方法により(表に記載のない出来事は、類似の出来事についての評価を参考に判断します)、当該出来事が一般的に与える心理的負荷の強度の平均を判断します。
    (3)  (2)は、あくまでも、当該出来事が有する平均的な心理的強度です。そのため、出来事の具体的事情によっては強度を修正する必要があります。そこで、心理的負荷表では強度を修正する際の視点が記載されています。これを参考に、(2)で出てきた強度を修正するか否かを検討します。
    (4)  出来事が発生した後、それが持続する状況、程度によっても心理的負荷の程度は影響を受けます。心理的負荷表では、持続する状況を検討する際の着眼事項例が記載されています。そこで、これらの着眼点から心理的負荷の評価にあたり考慮するべき点があるか否かを検討します。
    (5)  そして、
       (3)による評価がⅢで、(4)による評価が相当程度過重(同種の労働者と比較して業務内容が困難で、業務量も過大である等が認められる状態)な場合
       (3)による評価がⅡで、(4)による評価が特に過重(同種の労働者と比較して業務内容が困難で、恒常的な長時間労働が認められ、かつ、過大な責任の発生、支援・協力の欠如等特に困難な状況が認められる状態)な場合
       (3)によりⅢと評価される出来事のうち、「生死に関わる事故への遭遇等心理的負荷が極度のもの」が認められる場合
       業務上の傷病により6ヶ月を越えて療養中の者に発病した精神障害(病状が急変し極度の苦痛を伴った場合など、ウに準ずる程度のものと認められるもの)
       極度の長時間労働(例えば、数週間にわたり生理的に必要な最小限度の睡眠時間を確保できないほどの貯時間労働により、心身の極度の疲弊、消耗を来たし、それ自体がうつ病等の発病原因となるおそれのあるもの)
      上記ア~オのいずれかが認められる場合は、業務による心理的負荷の総合評価が「強(客観的に精神障害を発生させるおそれのある程度の心理的負荷)」となります。
     
   業務以外の心理的負荷及び個体側要因により精神障害が発症したと認められないこと
    (1)  業務以外の心理的負荷について
 指針は、日常生活において起こりうる出来事とその平均的な心理的強度(ⅠからⅢ:これらは、3②(2)と同様の程度を意味します)を別表2として示しています。
 そこで、発症前6ヶ月の間に起こった出来事を別表2と照らし合わせて検討します(別表2に記載のない出来事については、類似の出来事の評価を参考に判断します)。この場合、個別事情によっては強度を変更します。
    (2)  個体側要因について
 ア 精神障害の既往歴、イ過去の学校生活、職業生活、家庭生活等における適応困難、ウアルコール等依存状況、エ性格特徴上偏りが認められるか否かを検討します。
     
   業務による心理的負荷(3②(5))、業務外の心理的負荷(3③(1))、個体側要因(3③(2))の総合判断の方法について
    (1)  業務以外の心理的負荷、個体側要因が特段認められない場合
 業務による心理的負荷が「強(3②(5))」であれば、業務起因性が認められます。
    (2)  業務以外の心理的負荷、個体側要因が認められる場合
       業務による心理的負荷と業務外による心理的負荷との関係
 業務による心理的負荷が強(3②(5))であるが、業務外による心理的負荷がⅢ(3③(1))の場合は、業務外による心理的負荷が極端に大きいとか、Ⅲに該当する出来事が複数認められるなど、「業務外の心理的負荷が精神障害発症の有力原因」と認められる状況がない限り業務起因性が認められます。
       業務による心理的負荷と個体側要因との関係
 業務による心理的負荷が強(3②(5))であるが、個体側要因が認められる場合は、個体側要因に顕著な問題が認められ、その内容や程度から個体側要因が「精神障害発症の有力原因」と認められない限り業務起因性が認められます。
   
 労務管理上のポイント
   判断方法の理解
 前提として、3に述べたような業務上の出来事、業務外の出来事による心理的負荷の判断方法、指針別表1及び2の内容、業務上の出来事、業務外の出来事、個体側要因の関係について理解し、従業員が具体的な出来事に遭遇した場合、業務による心理的負荷の程度を判断できるようになってください。
     
   出来事発生後のフォロー
 指針別表1において、平均的な心理的負荷の程度がⅢとされている事象が従業員に発生した場合、あるいは、Ⅱとされている事象でも通常を上回る負荷を従業員に与えるような個別的事情がある場合には発生後の状況(3②(4))を注視し、その改善を図るなどの積極的措置が必要になる場合があります。
 例えば、上司が部下に対しハラスメントを行い、その内容程度が業務指導の範囲を逸脱し人格や人間性を否定するような言動が認められる場合、別表1中の「対人関係のトラブル(負荷の程度Ⅱ)」ではなく、「ひどい嫌がらせ、いじめ、又は暴行(負荷の程度Ⅲ)」と評価されます。この場合、対人関係のトラブルが持続していたり、職場の雰囲気が悪くなっていたり、被害者が職場で孤立し、居場所がない状況になっていたり、上司とのトラブルについて会社として対応がなされていない場合は、総合的に「強」と評価されるおそれがあります。
 このような場合は、関係者から事情を確認し、それに基づき当該従業員の就労環境を改善するための施策を行うことで、総合評価が「強」になることを防ぐことが出来、労災認定を免れることが出来る可能性があります。
     
   長時間労働の予防
    (1)  長時間労働については「精神障害の準備状態を形成する要因となっている可能性がある」とか、「出来事へ対処するため発生する長時間労働、休日労働等も心身の疲労を増加させ、ストレス対応能力を低下させる」(精神障害等の労災認定に係る検討会報告書)などされており、従業員の長時間労働を無くすことは、そもそもメンタルヘルスに問題のある従業員を生じさせないために重要なことです。
    (2)  また、以下に述べるように、労災の判断基準においても長時間労働が認められる場合は、業務上の認定がされやすくなっています。
 まず、平均的な心理的負荷の程度を修正する場合に(3②(3))、恒常的な長時間労働が認められる場合には、それ自体で心理的負荷の強度を修正するとされています。そして、1ヶ月平均の時間外労働時間がおおむね100時間を超えるような状態の場合がこれに該当するとされています(平成20年9月25日付事務連絡)。
 従って、かかる労働時間の実態が認められる場合は、それだけで平均的強度がⅡの出来事もⅢになってしまうことになり、より労災認定の危険が高まると言えます。
 さらに、出来事後の状況が継続する程度を検討する際(3②(4))においても、前述の1ヶ月平均の時間外労働時間がおおむね100時間を超える場合は、「特に過重である」(3②(5)イ)と評価されることになります(平成20年9月25日付事務連絡)。
 その結果、修正された業務による心理的負荷の強度がⅡであったとしても、総合評価は「強」になり(3②(5)イ)、業務外の特段の事情がない限り、労災認定がされる可能性があります(3④(2))。
 また、「極度の長時間労働」と認定された場合は、それのみで総合評価が「強」とされ、業務外の特段の事情がない限り労災認定がされる可能性があります(3②(5)オ)。ここでいう「極度の長時間労働」ですが、先程の「1ヶ月平均の時間外労働時間がおおむね100時間」よりも時間外労働が多いことを想定していることは間違いありません。さらに、かかる場合に該当する例として、「数週間にわたり生理的に必要な最小限度の睡眠時間を確保できないほどの長時間労働」とされていることに鑑みれば、数週間にわたり休日労働が続き、かつ、4時間程度の睡眠時間すらとれない程の時間外労働がされている場合などは、「極度の長時間労働」に該当する可能性があり、その場合は、労災認定がされる可能性があります。
   
 まとめ
   メンタル不全に関する労災の認定基準を踏まえ、労災認定を防ぐための労務管理について見てきました。
 従業員に心理的負荷を与える出来事は不可避的に発生するものです。そこで、会社の防衛策としては、生じた出来事に対応したフォローを行うと共に、日頃から労働時間管理を行うということに尽きると思います。
 これまでは、従業員のメンタルが不全になることにより生じる企業の法的リスクについて、安全配慮義務違反に基づく損害賠償の話を中心にしてきましたが、次回からは、メンタル不全に陥った従業員に対する人事権行使の話をしたいと思います。
   以 上 

執筆者

富小路法律事務所 弁護士 中尾 貴則
同志社大学法学部卒業後、翌年、司法試験合格。大阪弁護士会に登録。法人企業(大企業、中小企業)に対する企業間の取引や、消費者からのクレームにまつわるトラブル、従業員とのトラブルについての相談、契約書作成・確認などの業務を行う。
2007年、富小路法律事務所設立。現在に至る。 2008年に「メンタルヘルスの法律実務入門セミナー」、「メンタルヘルスの法律実務入門セミナー」をメンタルグロウと共催。著作としては、労働審判法(共著)、知的財産契約の理論と実務(共著)。

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